第1章 「世界と世界の狭間で」   1

大陸暦1914年、アメストリス国、南西。
 静かに広がる大海原。一見のどかな海岸風景だが、その海岸の沖には、まるで城のような建物が浮かび大量の蒸気が絶え間なく噴出されていた。その熱のため、その建物周辺の風景は揺らめき歪み、そこだけ異様な雰囲気に包まれていた。

 島の内部はありとあらゆる機械で埋め尽くされ、絶え間なく動いていた。所々から蒸気が噴出し、歯車やシリンダーは慌しく動き大きな音を立てている。
 そんな城の中を案内されながら、鎧姿のアルフォンス・エルリックは半ば呆れたような様子で辺りを見回していた。
「この城は全て私の発明による機械によって稼動しております。どうです?すばらしいでしょう」
「はあ・・・、すごいと言えばすごいですね」
アルは、余り興味がない、という答え方をした。
「何かお気に召さないものでも?」
「あぁ、いや、そういう訳じゃあないんです」
と言い、ハスキソンの気を害さないよう手を振りごまかす。
 まあいい、そんな風にハスキソンはフンと鼻を鳴らすと、更に奥の部屋にアルを案内して行く。

 そこは、コードや大きなレバーや計器類が所狭しと並んでいる部屋であった。一体これだけのものを誰が使うのだろう?アルが考えていると
「いかがでした。この城があればいつでも南のクレタ、そして南のアエルゴどちらの国にも侵攻できます。言わばこれは動く要塞なのです」
「要塞?」
「そうです。私の一族は蒸気機関による掘削で、様々な鉱物、燃料となる物質を得ることを生業としております。その技術を使って、この城にはあらゆる武器が装備されている上に、武器を製造できる設備も整えております。この城があれば、地面が無くとも海を越え進攻することが可能です」
 アルは溜息をついた。そんなことを考える人間がいるんだ、と。確かに今までは陸がつながっている所での小競り合いが主だった。海から攻め込むなど余り主張する軍人はいなかったのである。アメストリス軍は余り海軍が充実していなかった。だが、しかし・・・
「どうですか?中央司令部に推薦していただけませんでしょうか?」
「いやです」
 アルは躊躇わずきっぱりと言う。ハスキソンの顔色がみるみる変わって行くのがマスクを付けていてもわかった。
「そんな、わざわざ戦争をしに行く機械なんて紹介したくありません」
 アルがそこまではっきり言うのには理由があった。実はここに来る前、マスタングに呼び出されこの城を破壊するように命令されていたのである。この城の存在を南の国クレタと西の国アエルゴが警戒しており、アメストリスが侵略をもくろんでいると誤解の種になっていたからである。ただでさえ小競り合いが絶えない仲だ。余計な火種を軍は望んではいなかった。そこへ都合よくハスキソンからの視察要請が来たのだ。視察、と思わせておいて破壊工作を行う、うまく事故にみせかけて。そこにまた運悪く、エドワードとアルフォンスが居合わせたのだった。なんでオレ達が・・・といつものようにブツクサ言いながらも、この命令に従ったのは、これもまた運悪くマスタングに借りを作ってしまっていたのだ。しぶしぶ来たエドワードはアルフォンスにハスキソンの気を引かせ、その間にエドワードが潜り込み破壊工作を行っていたのだ。そのエドワードはというと蒸気から身を守るために防護グラスをつけ天井裏に潜りこんでいた。天井の隙間から二人のやりとりが見えた。
「怖いんだろう、国家錬金術師!」
ハスキソンが叫ぶ。
「怖い?」
 エドワードが呟く。
「お前達は錬金術の力を持つが故に、国家に優遇され地位と権力を得ている。だから私の技術が中央で認められ、錬金術師達が無用にされるのが怖いのだ!」
「ったく、何言ってんだか・・・」
 天井裏のエドワードはその言葉に呆れていた。だが、呆れてばかりもいられなかった。
「私の技術は錬金術などには負けん!」
ハスキソンはそう言うと、手元のレバーをグイと倒した。途端にアルの立っている足元の床の一部が跳ね上がり、アルを挟み込むように捕らえる。
「!?」
一瞬の出来事に逃げる間もなかったアル。ガッチリと挟み込まれてしまった。
「アル!」
 天井裏で叫ぶエドワード。だが、その声は蒸気の音に掻き消されてしまう。
「見せてもらおうか、お前の身体を」
 天井からいくつものドリルが現れ一斉にアルフォンスに襲い掛かる。成すすべなく頭を吹き飛ばされてしまう。そのまま倒れるアルフォンス。
「はーはっはっ。なんと脆い」
 あざけ笑いながら、倒れたアルフォンスに近寄る。と、それまでの笑いは消え引きつった顔になるハスキソン。
「な?」
 駆け寄ってあちこち調べ始めるハスキソン。空っぽのアルの身体の中にも潜り込み徹底的に調べようとするが動力になるようなもの、駆動のために必要な機械が一切見つからない。
「空っぽ?なんで?どうやって動いている?有り得ない。この私に理解できない事があるなんて・・・」
「気持ち悪いなー。早く出てくれませんか?あ、血印には触らないでくださいね」
「!!」
 どこからともなく聞こえてくる声に驚いたハスキソンは、尻餅をついてアルの身体から飛び出た。とその時、パーン、という音ともに轟音を上げてみるみる階段が練成されていく。それに驚き振り返る。
「なっ、何者だ!」
 天井裏からエドワードが現れた。
「大丈夫か、アル」
「だから、こんな役は嫌だって言ったのに・・・」
 ブツブツ文句を言いながら吹き飛ばされた頭を拾い元に収めるアル。
「なんだ貴様!」
 突然現れた人物に驚き戸惑うハスキソン。エドワードが防護グラスを付けているためにいかがわしさが増しているのだ。そんなハスキソンにエドワードは落ち着き払って言った。
「ハスキソン。お前は二つ間違ってる」
「なんだと?」
「オレ達は、お前の発明なんかに最初から興味はない。あんたがしつこく誘うから来てやっただけだ」
「はっ、こざかしい。本当は私の発明が欲しかったくせに!」
 ハスキソンはそう叫ぶと、自分の袖の中に隠していたマジックハンドのようなドリルをエドワードに向け勢いよく伸ばす。ガシャーンと弾けるようにエドワードの防護グラスが砕け散り、エドワードの顔が露わになる。そして、右腕にもドリルが突き刺さり激しく回転している。それを見てニヤリと笑うハスキソン。
「どうだ。命が惜しければ私を中央に・・・」
 言いかけて、ギョッとなる。エドワードは右腕に突き刺さった高速回転するドリルを平然と握り締め、持ち上げていくのだ。手袋が裂け機械鎧が露わになっていく。
「もう一つの誤り・・・・国家錬金術師はオレだ!」
 その光景に、眼をむくハスキソン。
「機械の身体・・・・・機械鎧・・・・そうか・・・・・お前が!」
 ドリルを握り締めたままハスキソンを睨みつけているエドワード。
「鋼の錬金術師!」
 バキバキとへし折れていくドリル。エドワードは勢いよくジャンプすると、空中で両手を合わせ機械鎧を刃へと錬成する。それを振り下ろしながらハスキソンの胸元に飛び込み、ドリルを根元から粉砕する。あっという間に武器を破壊されたハスキソンは隠し持っていた煙幕球を爆発させると、奥の部屋へと逃げ込んだ。

 そこは、城の中心部。巨大な掘削マシンが据えられていた。その操縦席に駆け込みマシンを操作する。そこへ、後を追って来たエドワードとアルフォンスがやってきた。それを見たハスキソンは、二人に向けて巨大なドリルを激突させる。間一髪逃れる二人。だが、アルは通路に取り残され、エドワードは壁に据え付けられた点検用のタラップに飛び移った。そのエドワードを容赦なくドリルが襲う。グワッ!ドリルが壁に突き刺さる。半分つまずきそうになりながらも、必死に逃げるエド。ハスキソンは城が壊れるのもお構いなしに次々にドリルを振り回す。そしてもう一撃!エドワードは危機一髪かわすがそのまま倒れこむ。
「ははははは、死ね!国家錬金術師!」
 ハスキソンがとどめの一撃を加えようと、機械を操作する。が、どうしたことか急に機械は言う事をきかなくなってしまった。ハスキソンが驚き頭上を見ると、アルが巨大な手のようなものを錬成して機械の自由を奪っていたのだ。
「ちくしょうー!」
 その間を逃すことなく、今度はエドがドリルの先を無害なものに錬成。ドリルは完全に沈黙した。
「くそっ、錬金術師め。お前達さえいなければ、私達正しい科学者が国家を導いていったはずなのに・・・・」
「戦争や争い事を起こすのが正しい科学者のする事とは思えねぇな」
 エドワードが冷たく言う。
「人を幸せにしない科学なんて、科学じゃない」
 アルもハスキソンを諭すように言う。
「何を生意気な事を!」
 ドーン!遠くで爆発音が聞こえる。
「何の音だ?」
「わりぃな。この城ぶっ潰すように大佐に言われてんだ」
「なんだと!?」
 ハスキソンの顔が引きつる。
「アル、オレ達の仕事はここまでだ。引き上げるぞ」
 踵を返し走り出すエドワード。
「に、兄さん!ちょっと待ってよー」
 慌ててアルが追いかける。あちこちで爆発を始める城内。それを避けながら走るエドとアル。
「兄さん、もうちょっと考えて爆破してよ」
「ンな事言ったって、爆破はオレの専門外なの」
「まったくもー、いつも考えなしなんだからー」
 ドリルマシンの中に唖然と座っているハスキソン。
「そんなはずは・・・・私の科学が間違っているなんて・・・」
 大音響と共に天井が崩れ落ちてくる。ドリルマシンを巻き込んで遥か下まで落下してゆく。

城の外まで逃げてきた二人。
「行くぞ」
 と、海面を指差すエドワード。
「行くって、ダメだよ兄さん、海に入ったら血印消えちゃうよ。ぼくの魂はこれで繋ぎ止められているのに・・・」
「でも、ぐずぐずしってっとこの城沈むぜ」
「えーーーーー!なんでそんなに爆破したのさ?」
「だって、城ん中あちこち気に入らないもんがあったから、ぶっ壊してやったんだ」
「なんで、いつもそう後先考えないんだよ!どうやって逃げるのさ!」
「うるさいっ!やちまったもんはしょうがねぇだろ、根性で泳げ!」
 二人が言い争いをしている間にも、次々に爆発が続いている。
「急げ!」
「できないってば!」
 大爆発がおきる城内、次々崩れ落ちてゆく。

 海上に一匹のイルカが泳いでいる。そのイルカに不恰好なイカダが引っ張られている。その場にあった機械を適当に組み合わせてなんとか浮いている状態だ。そこにエドとアルが乗っている。だが、どんどん浸水してくるので必死に水を掻き出しているエドワードとアルフォンス。しかし、エドワードは手で掻き出すのが間に合わないとみると、アルの頭をひったくり、バケツ代わりにして水を掻き出し始める。
「あー!ボクの頭をバケツ代わりにして!返して!返してよ!!」
「わっ!バカ!沈む、沈むってば!」



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