エドワードは長い階段を登るとエッカルトの元へとやってきた。
エッカルトはノーアに銃を向けエドワードを迎えた。脇にはハウスホーファーがいる。
「扉を開けてくれるのね」
「残念だが、オレにもどうやったら門が開くのかなんてわからねぇ」
「あくまでも、しらを切るつもり?これは命令よ。扉を開けなさい」
どこまでも威圧的なエッカルトの様子に、エドワードは軽く溜息をつくと、
「エンヴィーが、ホムンクルスがあの門の中で生まれた生き物だからということに関係しているのかもしれない。だが、だからといってどうすれば開くのかなんてわからない」
「だが、君は閉じた扉を開いたことがある」
そう言ったのは、ハウスホーファーだった。エドワードはハウスホーファーに視線を向けると、
「あれは偶然だ」
「どうして、嘘をつくの!?」
突然そう叫んだのはノーアだった。
「あなたの心の中にはどうすれば扉を開けることができるのかってそのことで一杯だった。私には難しくて理解できないことばかりだったけれど、扉を開けたい気持ちがすごく強いのは良く判ったわ。なのに、それなのにどうして? 扉を開ければ自分の世界に帰れるんでしょ? あなたの世界があるんでしょ?」
「なんでそんなに門の向こうの世界に固執するんだ?」
「行きたかったのよ。あなたの世界に。そこにはこことは違う世界があるんでしょ?こんな世界とは違う、私を怖がらない、私を受け入れてくれる世界が!」
エドワードはしばし考えていたが、
「…本当にそう思ってるのか?オレの記憶を見たんだろ?なら、わかるはずだ。門の向こうの世界がどんな世界なのか。どこも同じだ。この世界にだってお前達を受け入れてくれる場所はあるはずだ」
「そんなものないわ!!」
ノーアは叫んだ。その瞳にはうっすら涙が浮かんでいた。そんなノーアをエドワードは哀しげに見つめると、
「そんな哀しいこと言うな。ここはお前の世界じゃないか…」
はっとなるノーア。そのまま俯いてしまう。
「茶番はその辺にしていただこうかしら」
割って入ったのはエッカルトだった。
「そろそろ扉を開けなさい」
更にノーアに銃口を突き付けてそう言った。
「だから、わからないって…」
そこまで言った、エドワードの視線が固まった。その視界に入ったのはこちらも銃を突き付けられているホーエンハイムの姿であった。
「親父?」
すこしやつれてはいたが、確かにホーエンハイムであった。
「よお、やっと来たな」
ホーエンハイムはかすれた声でそう言った。その声はかなり疲れている感じであった。
「あんた、どうしてここに…」
ガチャリ。エドワードの頭の後ろで重い音が響いた。銃を向けられたのだ。振り返って確かめなくてもわかった。それだけではない、ホーエンハイムに向けられていた銃口もいつの間にか自分に向けられている。他にも2つ、いや3つの銃口が向いていた。逃げられないのは考えるまでもなかった。
「この子も私の頼みを聞いてくれないのよ。やはりあなたにお願いするしかないわ。お願いできますわね?ホーエンハイム博士。」
エッカルトは勝ち誇ったように言った。それはお願いというよりもう命令だった。
ホーエンハイムは、エドワードを見、そしてエンヴィーに目をやった。エンヴィーは低く唸っている。
『エドワード』
ホーエンハイムが突然違う言葉を発した。周囲の人間が一瞬動揺する。その言葉はエドワードにしか判らない、アメストリスの言語であった。
『親父?』
エドワードも同じ言語で言葉を返す。この言葉を使うのはどれくらいぶりだろう。
そんな光景を、密かに階段を登ってきたハイデリヒが物陰から見ていた。エドワードが自分の知らない、この世界には存在しない言葉を話し始めたのを息を殺して聞いていた。
『これから門を開く』
『開くってどうやって!?』
『私の命を代価にエンヴィーを門へと練成する。確実にあちらにつながる門だ』
『そんな… そんなのオレは望んじゃいない! そもそもどうしてこんな奴らに手を貸した!?』
『こちらの魔術を使って門を作れるんじゃないかと思ったんだ。それでハウスホーファーに近付いたんだが、逆に利用されてしまったようだ。』
ホーエンハイムは力なく笑った。
『どうしてそんなことまでして…』
ホーエンハイムは何も言わず、じっとエドワードを見つめた。その瞳はどこまでも優しかった。
『頼みがあるんだ。向こうへ戻ったら、トリシャの墓の横に私の墓を作ってくれないか?』
『そんな… 一緒に帰ればいいだろ!』
そう言うエドワードに、ホーエンハイムは静かに首を振った。
『私の命はどうせもうそう長くはない。私が生きている間にお前を向こうの世界に帰してやりたいんだよ。最後くらい父親らしいことをさせてくれないか』
『なんでそんなこと言うんだ!それにあんたはオレに…』
エドワードの言葉はそこまで言って詰まった。言いたい言葉は判っていた。しかし、すぐには出てこなかったのだ。そんなエドワードに再び優しい瞳を向けると、
『みんなのところへ帰るんだ』
そう言うとホーエンハイムは踵を返し、エンヴィーに近付いて行った。
『やめろっ!やめてくれっ!! あんたが居なくなったらオレは…』
エドワードの悲壮な叫び声が響く。ホーエンハイムは振り返らすにまっすぐエンヴィーに近付いた。低く唸り声を上げているエンヴィーの鼻面をそっと撫でると、
「お前にも可哀相なことばかりしたな。私と一緒に門の中に帰ろう」
そう囁いた。そして、再びエドワードを振り返る。
「親父!」
エドワードが銃口を振り払い走り寄ろうとする。が、突然エンヴィーが牙をむいたかと思った瞬間、ホーエンハイムの身体をくわえ高々と掲げた。
一瞬の出来事だった。辺りに鮮血が飛び散った。
「……親父ぃぃぃ!!」
エドワードの絶叫が響く。
がっくりと膝を折るエドワード。呆然とそれまでエンヴィーが吊るされていたところを見ていた。いまやそこにはエンヴィーの姿はなく、天井の練成陣が眩いばかりの光を放っていた。その輝きが頂点に達した時、
ドガーーン!! 爆発音と共にドームの天井が吹き飛んだ。そして、その上空に異空間への門が現れたのだ。
不気味な縁に彩られたその門は、中心から怪しく光を放ちながら周りの物を吸い込み始めた。上空にあって、定かには判らなかったが、かなり巨大なものであることが判る。
皆が呆気にとられてその門を見上げていると、パン、と乾いた音が響いた。と同時にエドワードの身体がもんどりうって倒れ、そのままテラスから下へ落下した。
「どうして!?」
ノーアがエッカルトの銃を奪おうとする。が、逆に突き飛ばされてしまう。その場に倒れこむノーア。それを無視して、
「扉をくぐる。ロケットの準備はできているか?」
エッカルトは地下に続く階段に向かった。