「ノーア…?」
「我々がずっと探していたジプシーだ。君の傍に居たのは偶然だったがね」
ヘスも頭上を見上げながら言った。
「何故ここに?」
「扉を開く鍵を、エドワードから盗んできてもらったのだよ。シャンバラに通じる扉のね。彼女もそこへ行くことを望んでいる」
「シャンバラってなんですか!?エドワードさんがそこへ通じる鍵を知ってるってどういうことなんですか?」
ハイデリヒはヘスの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで聞いた。
「…君はエドワードの傍に居て何も知らないのか?エドワードはシャンバラから来たのだ。我々の永遠の理想郷、シャンバラから」
ヘスはそう言うと高らかに笑った。
ハイデリヒは胸元を大きなハンマーで思いっきり叩かれたようなショックを受けた。この前ノーアと話していたことはウソではなかったのだ。いや、これまで何かにつけ話してくれたことは、ウソでも、夢の中の話でも無かったのだ。ハイデリヒの中でずっとわだかまっていた疑念が確信に変わった。
ふと、机の上の図面が眼に止まる。そこには天井に書かれているものと同じ錬成陣が書かれていた。先日エドワードが書いたものだった。今その練成陣はまるで天井の練成陣に呼応するかのように微かな淡い蒼い光を放っていた。
『夢が叶うおまじないさ』
そう言って書いていたエドワードの胸中はどれほどのものだったのだろうか? 天井に書かれた錬成陣。自分たちにはただの紋章のような物にしか思えないが、エドワードにしてみれば、これが自分の世界へと通じる扉の入り口なのだ。錬成陣がこの世界では使えないため、エドワードはロケットを研究し、なんとか自分の世界への道を探っていたのだ。
しかし、それもうまく行かず、何度も机を叩き悔しさを吐き出すエドワードの後ろ姿をハイデリヒはただ、研究が思うように進まずジレンマを起こしているのだと思っていただけだった。
どんなことをしても帰ることができない絶望感を自分は判ってあげることができなかったことを悔しく思った。
だが、今その道は開かれようとしているのだということは今のハイデリヒには理解することができた。
エドワードに出会い、どれだけ自分の力になってくれたことか。
今度は自分がエドワードの力になれる時なのだと、ハイデリヒは感じ始めていた。
今からでも自分にできることはないのか…
「君達は私達に協力してくれたが、エドワードは頭が良過ぎる。君達のように我々の思うようには使えないのでね。ノーアに協力してもらった、というわけなのだよ。まったく、親子して扱いにくい奴らだ」
ヘスの冷ややかな口調に、
「僕達は!」
そう反論しようとした時、
「ご苦労だった。君達にもう用はない」
そう言ってヘスはハイデリヒに銃口を向けた。
天井近くのテラスでは、ノーアが必死に錬成陣に意識を集中させていた。だが、先ほどのような反応は一向に起こらなかった。
「やはりノーアではダメか…」
エッカルトが唸るようにそう言った時、
ドッカーン!!!
突然、部屋中に轟音が響いた。
地下の入り口のバリケードを突破し、一台の車が猛スピードで飛び込んで来きたのだ。
その車は、ハイデリヒ達の目の前で急停車すると運転手がボンネットを飛び越え、ヘスを蹴り倒した。
ついで、周りにいたヘスの部下に次々に襲い掛かると、あっという間にその場にいたヘスの部下全員を殴り倒してしまったのだ。
「エドワード…さん?」
あまりの圧倒的な強さに、ハイデリヒは唖然としていた。何が起こったのかすぐに把握できなかった。
だが、ゆっくり立ち上がった人物の後姿は確かにエドワードであった。
「エドワードさん!」
思わず叫ぶハイデリヒの声にエドワードは振り向く。
「大丈夫か?」
周囲にもう立ち上がれる部下が居ないことを確かめながら、エドワードはハイデリヒに歩み寄った。
「僕達は大丈夫です。でも…エドワードさんが…こんなに…」
ハイデリヒだけではなかった、ヨゼフも他の仲間も唖然と倒れている部下達を見、エドワードを見た。皆が信じられない…と言ったふうであった。
エドワードはちょっと肩をすくめると、苦笑いした。が、すぐに真顔に戻ると、頭上の錬成陣を見上げた。
「間に合ったようだな」
「来てくれたのね。やはりあなたでないと扉は開かないようね」
彼方の頭上からエッカルトの声が響いてきた。
エドワードはその声の方に顔を向けると、
「ノーアにオレの代わりをさせようとしたのか?ムダだな。錬成陣の知識だけでは錬成陣は発動しない」
そう叫んだ。
「なら、あなたが扉を開いてくれればいいわ」
そう言ってノーアに銃を向けた。
しばらく睨み合いが続いたが、エドワードはふいと上へと通じる階段へと向かった。
「エドワードさん!」
ハイデリヒが呼び止めるのにも振り返らず、エドワードは階段へと消えて行った。悔しそうに手元の錬成陣を見つけるハイデリヒ。無力な自分が腹立たしかった。
「ハイデリヒ…」
ヨゼフが気遣い声を掛ける。
「どうする?」
その問いかけに、
「ロケットの発射準備をしよう」
何故かハイデリヒはそう決断した。理由は自分でも良く判らなかった。でも、そうする必要があると思ったのだ。
「発射準備を。早く!」