リゼンブール村。アメストリス国の東部にある小さな村がエドとアルの故郷である。二人の家はもう無かったが、幼馴染のウィンリィ・ロックベルの家が二人にとって帰る家であった。
そのロックベル家の二階の一室に、ウィンリィともう一人少年が居た。壁には以前エドワードが身に付けていた赤いコートが掛けられている。その前に立ちじっとそのコートを見つめる少年は、エドワードの弟アルフォンス・エルリック。彼も13歳になっていた。数日前にイズミの元での修行を終え、リゼンブールに戻って来ていたのである。
その後姿をウィンリィはベットに腰を掛け見つめていた。髪を延ばし後ろで束ねているその後姿にエドワードの姿が重なる。
『どこに行っちゃったの?エド… 本当に戻ってくるの?もしかしたら、もうこのまま会えないのかもしれない…』
ふと、アルがウィンリィを振り返り、
「ねぇウィンリィ。このコート、借りていっていい?」
「え?ええ… アルが着てくれるならエドも喜ぶと思うわ」
そう言ってウィンリィは笑ったが、その顔は決して嬉しくて笑っているのではないことはアルにもわかっていた。ウィンリィが自分を見るその瞳の奥では、自分の姿にエドワードの姿を重ねているのがわかっていたからだ。イヤという訳ではない。それが当たり前だと思っているから。だけど、自分も辛い。ウィンリィに何もしてあげられない自分が。
アルはハンガーからコートを外すと、袖を通した。サイズはまだ少しだけ大きいようだったが、着れない大きさではなかった。
「ほんと、エドって小さかったのね」
「え??」
「だって、それをエドが着てたのは16の時なのよ」
そう言って、ウィンリィはまた少し寂しそうに笑った。
「あいつ、少しは背が伸びたのかしら…」
アルは、コートを見回すように腕を広げたり、裾を広げてみたりしている。
それをしばらく見つめていたウィンリィは、手元のベットの上に置いてあるトランクに眼を移し、いとおしそうに撫でた。
コートとトランクは、東部の前線司令部にエドが置いていった物をアームストロングが届けてくれたのである。その時、元の体に戻る事ができたアルも一緒だった。ただ、エドワードの姿だけが無かった…
事の次第を説明するイズミの言葉もあの時は耳に入らなかった。信じられなかった。アルはいるのにエドワードがいない… それがどうしても理解できなかった。きっと帰って来る。そう思って、その夜二階のベランダでライトを点滅させた。以前こうすれば二人は飛んで帰っていた。だから今度もきっと帰ってくる、この光を見つければどこに居てもきっと帰ってくる、そう信じたかった。
だが、それも無駄な願いだとわかった時、始めて涙が出た。慰めようとやってきたイズミもなんと言葉を掛けたらよいのかわからないほどウィンリィは泣いた。自分でもどうしようもなかった。胸が締め付けられるように苦しく、涙が溢れて止まらなかった。
あの時の胸の痛みは今でも忘れない。今でも無性に泣きたくなることもある。エドワードは必ず戻って来る。そう思うことでこれまでの時を過ごして来たのだ。だが、あれからもう2年の歳月が流れてしまった。
「エドが残していった物は、そのコートとこのトランクだけ… あいつ、何にも言わないでいなくなっちゃった…」
「…… ごねんね。ウィンリィ」
「? どうしてアルが謝るの?」
ウィンリィが少し驚いたように聞く。
「だって……」
「どんなことがあっても、アルを元に戻すんだってエドの口癖だった… だから…」
そう言って、ウィンリィはトランクに視線を落とした。
だが、誰がエドが自分の身体を代価にアルを練成するなど予想できただろう?しかし、エドならばやってもおかしくはない、皆そう思っていた。
「ウィンリィ… 見つけるから」
「え?」
「兄さん、必ず見つけるから。だから…」
「アル…」
力強くそう言うアルにウィンリイは微笑みかけた。
「ありがとう。アル」
やっと笑ったウィンリィにアルは少しほっとすると、
「ね、そのトランクも見ていい?」
と、聞く。
「ええ…」
そう言ってウィンリィはトランクから手を離す。パチン。心地よい音をたててトランクが開く。中には雑然といろいろな物が詰っていた。二人が旅した4年分の思い出が詰っているようだった。エドが愛用していたメモ帳、書き込みがされた地図、ペンに羊皮紙に読み込まれた分厚い本が数冊、そして最低限の着替えとアルが持つにはとりあえず充分なお金も残されていた。と、トランクの隅にある金属製の箱を見つけたアルは、それを手に取り開けてみた。中には旅の途中に食べたのだろう、食べ残されたクッキーが入っていた。それを覗き込み、
「もう、食べない方がいいわよ」
と、ウィンリィがいたずらっぽく笑った。
「だね」
そう言い、箱を元に戻す。そして、その隣にあったメモ帳を手に取り、パラパラとページをめくる。随所に書き込みがされており、それは二人が旅した場所や調べた事のメモ書きだった。
「鎧の姿だった頃のアルが言ってたわ。そのエドのメモ帳にはエドの錬金術の秘密が書いてあるんだって」
「だけど、これって単なる旅の記録みたいだよ?」
「錬金術師ってそうやって自分の錬金術の秘密を隠すんですって」
「ふーん…」
アルは不思議そうにしばらく眺めていたが、
「ね、兄さんって11歳で国家資格取ったんだったよね?」
「そうよ」
「…やっぱ、すごいや、兄さんって。ここに書かれていることだって、まだボクにはほとんどわからないことばかりだよ。っていうか暗号化された錬金術書なんて、ボクにはまだ読めないや」
そう言って笑うと更にページをめくる。最後のページに『リオール』の文字を見つけた。
「リオール?」
「東のはずれの砂漠の中の街よ。ほら、ロゼさんの」
「ああ… そうか」
そう言ってしばらく考えるようにメモ帳を見つめていたアルだったが、パタンと閉じると、トランクの中に白い手袋を見つけ手に取った。
「これも兄さんが使ってたの?」
ウィンリィは黙って頷いた。それはエドがいつも身に付けていた手袋だった。手袋は1対だけではなく、予備なのか2、3対残されていた。それをしばらく眺めていたアルだったが、ふと何かを思いついたのか、
「兄さんって、先生みたいに錬成陣無しで両手を合わせるだけで錬成できたんだよね?」
「ええ、それができる錬金術師は、エドとイズミさんだけだって聞いたことがあるわ。それがどうかしたの?」
ウィンリィのその言葉に、にっこりと嬉しそうに笑うと
「ね、ウィンリィ。ペン貸してくれる?」