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ベルリン市内、市のほぼ中心部にその撮影所はあった。緑に囲まれた広大な敷地
内にはいくつもの巨大な撮影用の建物があり、また巨大なセットもいたるところ
に組まれていた。
「なるほど、これじゃあ本物のドラゴンを使いたくなるわけだ」
エドはそのうちの一つの撮影用の建物の中にいた。脇には大きなドラゴンのハリ
ボテ人形がガタガタとぎこちなく動いていた。エンヴィーを見た後だと余りにお
粗末な代物に見える。
「それでも、あれを見たお陰でだいぶ良くなったよ」
そう満足そうに答えたのはフリッツ・ラング。この映画の監督である。
セットから飛び降り、ラングの傍へやって来たエドワードは、古い新聞をラング
に見せた。
それには、ラングの顔写真と共に、ラングの撮った映画が大ヒットしている事が
書かれていた。
「有名な監督さんなんだって?すまなかったな。世間にも、ましてや映画なんて
興味ないもんでね」
「こちらこそ失礼をした。改めて、フリッツ・ラングだ」
そう言ってラングは右手を差し出し握手を求めて来た。
「エドワード・エルリックだ」
そう言って、エドワードはラングの差し出した手とは逆の左手を差し出す。
「ん?」
いぶかるラングに、
「すまない。右手は義手なんでね。人と握手をする時は、左手でさせてもらって
る」
「…気が付かず失礼した」
ラングはそう詫びると左手を差し出し握手をする。

撮影所の建物内の別の場所には森のセットが組まれており、そこだけ幻想的な森
林の風景が作られていた。
そのセットの中にラングが作らせたのだろう、洒落た机と椅子が置かれ、ちょっ
としたプライベートガーデンのようになっていた。頭の上には室内だというのに
青空が広がり雲まで浮んでいる。といっても描かれた雲ではあったが。
エドはセットの中を流れる小川を感心したように覗き込んでいた。
「まるで別世界だなここは」
「気に入ってもらえたかね?」
そう言われて振り向いたエドの表情が引きつった。その眼に飛び込んできたのは
、ライラそっくりの女性であった。その女性はトレーに紅茶を乗せて運んで来て
テーブルに丁寧に茶器を並べているところであった。茶器を並び終えた女性がラ
ングに会釈し顔を上げた時、エドと眼が合った。エドが呆然と自分を見つめてい
るのに気が付くと、ふん、とソッポを向き立ち去っていった。その後ろ姿をエド
は唖然と見つめていた。向こうの世界と似た人物がいるのはよく承知していたが
、その度にギクリとしないではいられない。
「どうかしたのかね?」
そう言葉を掛けられて、我に返る。ラングに向かいの席を勧められるとエドはコ
ートを椅子の背もたれに掛け腰を下ろした。
「で、君が知りたいのはこの人物に関してではないのかね?」
と、一冊の本を取り出した。それは漢字で表題が書かれた本であった。エドはそ
れを手に取るとパラパラとめくる。
「ハウスフォーハー。一体どんな人物なんだ?」
ページをめくりながらエドは問う。
「トゥーレ協会の幹部にして、ミュンヘン大学の教授をしている」
「そのトゥーレ協会ってのは、なんでシャンバラなんてものを探しているんだ?

「シャンバラとは、東洋の伝説にある理想郷のことだが、ここを支配する者は世
界をも支配できると信じられている。そのシャンバラに到達し世界の統一を目指
す、それがトゥーレ協会の密なる目標だが、まずはこのドイツの統一を目指して
いるようだ」
パタン。エドは本を閉じると机に置く。
「そんな有りもしない世界を信じて、探してどうする?」
「本当に有りもしない世界なのかな?」
エドは、ふっとラングを見た。ラングは真っ直ぐにエドワードを見つめていた。
「…君は、あのドラゴンの事をエンヴィーと呼んでいたようだね。それはどうし
てかね?」
突然そう言われエドワードは一瞬動揺した。あの場にはラングの部下もたくさん
居たわけだから、エドワードがエンヴィーの事をハウスフォーハーと話している
のを聞かれていて当然であった。
「知っているのかね。あのドラゴンの事を」
思いもよらず問いただされる立場になったエドワードは、たまらずラングから視
線を外す。
「あのドラゴンはシャンバラから来た物だとトゥーレ協会の人間は信じているよ
うだよ。あのドラゴンを捕まえればシャンバラへ行けると。どうしてあのドラゴ
ンの事を君は知っているのかね?」
エドワードはティーカップを手に取ると、一口飲む。
「…そんな事、あんたには関係のないことだ」
そう言いながら、カップを置きラングを睨みつける。ラングはそんなエドワード
にまったく動揺した素振りを見せないで、
「そんな怖い顔をせんでくれ。こういう仕事をしているのでね、ついつい好奇心
が勝ってしまうんだよ」
そう言って、ラングは悪びれた様子もなく笑った。そんなラングにエドワードは
気持ち溜息をつくと、
「あのエッカルトって女は何者なのか知ってるか?」
「ほう、エッカルトのことまで知っているのかね」
ラングはカップを手に取りながら感心したようにそう言った。
「あの女はトゥーレ協会の女会長。ナチスにも影響力のある人物だと聞いている
よ。シャンバラを我が物にして、その理想の力を手に入れようと考えているらし
い」
「理想の力?」
「魔法だよ」
そう言いながらラングは紅茶を飲む。
「魔法?」
「シャンバラにはこの世界では夢の力である魔法が存在するとエッカルトは考え
ているようだ。そのシャンバラを支配し、魔力を我が物にできれば世界征服もで
きる、そう信じているのではないのかな」
「じゃあ、門の向こうの世界を征服しようってのか?」
「そういうことになるのだろうな。その為にナチスと協力関係を持ち、かなりの
武力装備を持っているそうだ。それは、この前のことでも判っただろう。シャン
バラを征服するために、更に強力な武器や装備を用意しているとも聞いている」
「……そんな…」
エドワードは愕然となった。門の向こうの世界、自分の居た世界を征服しようと
企んでいる集団がいる…今まで考えもしなかったことであった。
「放っておけばよいではないか。どうせシャンバラなどという所は伝説に過ぎな
い」
「…あんたは、どう思う?こんな夢の世界を作り続けているあんたは」
 ラングは紅茶を飲む手を止めた。
「夢の世界か。それが形を成してくれば、それが夢の世界ではないのかな?夢
にも二つある。形を成す物と成さない物。私は形のない夢を形にするのが楽しい
だけなのだよ」
「…夢は、遊びじゃない!」
 突然そう叫び、エドワードは勢いよく立ち上がるとラングを睨みつけた。相変
わらず飄々としているラングに、
「くそっ!」
 そう捨て台詞を吐くと、エドワードはコートを取りその場を後にした。ラング
は何も言わずその背中を見送った。

 
同じ頃のミュンヘン。グレイシアのエドワード達の下宿にある人物達が訪ねて来
ていた。始めはドアを開けようとしなかったノーアであったが、
「君にとっても悪い話ではないと思うがね。君は新しい世界に行きたいのだろう
?私達も君と同じく新しい世界を求めているんだ。どうだね?一緒に新しい世界
に行こうではないか」
その言葉を聞き、恐る恐るドアを開けるノーア。そのドアの向こうにはヘスが立
っていた。
「私の話を聞いてもらえる気になってくれたようだね」
ヘスは満面の笑みを浮かべてそう言った。そして、熱心に何かを語り始めるので
あった。