真っ暗な夜空に、不気味に輝く門が浮かんでいた。まさし『異空間に通じる扉』であった。地下工場にいたヨゼフ達にもこの光景の一部始終は見えていた。皆はざわめきこれから何が起こるのか判らない不安に怯えていた。
ハイデリヒは、階段の影に隠れてエッカルト達が別の階段で地下に降りて行くのを見送ってから、倒れているノーアの元へと駆け寄った。
「大丈夫?」
「アルフォンス… 私…」
「君が悪いんじゃないよ」
そう言って、ハイデリヒは優しくノーアを抱き起こす。
「行こう。エドワードさんが心配だ」
ハイデリヒはノーアを立たせると、手を引き地下工場への階段を駆け下りた。
地下工場では、エッカルト達がロケットの発射準備に追われていた。無数の鎧兵達が続々とロケットに乗り込んで行く。
「お止めください。やはり私には扉の向こうの世界がシャンバラとは思えません。以前行った部隊が全滅したのですよ?今回もきっと…」
「ロケットを使えば無事にシャンバラに着けると理論立てたのは博士ではありませんか?」
エッカルトは腕組みをしたまま鎧部隊を見つめ、ハウスフォーハーに見向きもしないでそう言った。ハウスフォーハーは言い返すことができないでいた。ハウスフォーハーもただ乗り込んでゆく鎧兵達を見送るしかなかった。
ハイデリヒは地下の工場に降りてくると、ヨゼフ達の姿を探した。もうハイデリヒ達のことを気にするエッカルトの部下はいなかった。誰もが開かれた門に驚喜し、新世界への旅立ちに夢中だったのだ。そんな雑踏の中を一気に突っ切ると、工場の物陰から手招きする者の姿が見えた。ヨゼフ達が集まり、エドワードを介抱していたのだ。
「エドワードさん」
「相変わらず運がいい奴だよ。ちょうどクッションになる空きの木箱とかが積み重ねてあったところに落ちたんだ」
そう言ってヨゼフがハイデリヒを迎えた。ほっとした表情でヨゼフに笑顔を返すハイデリヒ。と、エドワードの意識が戻った。
「大丈夫ですか?」
ハイデリヒがしゃがみ込み聞く。
「アルフォンス… オレは…」
「エッカルトに撃たれて落ちたんですよ。怪我は?」
そう言われて、エドワードは自分の体を確かめる。ふと、右手の義肢で手が止まる。服が少し裂けていた。
「義肢に当たって反れたんですね。本当に運がいいや、エドワードさんは」
そう言って、ハイデリヒは安心したようににっこり笑った。その笑顔を見てふとほっとしたような顔を見せたエドワードだったが、すぐに何かに気がついたように上空を見上げた。そこには門が浮かんでいた。
「ついに開いちまったか…」
そう言うと、ゆっくりと立ち上がり門を見上げた。それにつられて皆が改めて門を見上げる。
「あなたは本当にあの扉の向こうの世界から来たんですね」
ハイデリヒが確かめるように聞いた。
そのハイデリヒをゆっくり振り返り見つめるエドワード。その後方には門が口を開け、不気味な光を放っていた。
ガタン。大きな音ともにロケット発射用のレールがリフトアップされていく。いよいよロケットの発射される時がきたのだ。エドワード達は何も言わずそれを見守っていた。
轟音を轟かせ、一機のロケットがついに発射された。みるみるうちに門に到達し、門の中に吸い込まれるように消えて行った。
ロケットの打ち上げは成功だった。だが、誰もそれを喜ぶ者はいなかった。1機、また1機とロケットが打ち上げられていく。エドワードは、まるで放心したようにそれを見送っていた。ハイデリヒもまた打ち上げられていくロケットをただ見送っていた。
「あいつら… 一体何をしようとしてるんだ?」
そう聞いたのはヨゼフだった。ロケットを作った本当の理由、それが理解できなかったのだ。
「あの扉の向こうには、もうひとつのここによく似た世界がある。その世界を征服するつもりなんだろう。自分の力を更に強大な、確かなものにするために…」
「それって… 戦争を仕掛けるってことなのか?」
その問いに、エドワードは黙って頷いた。皆の中に動揺が走る。
「おれ達のロケットは戦争の道具じゃない!」
誰かが叫んだ。
「そうだ、そうだ」
次々と声が上がる。
「でも… 僕達の意思とは関係なく、戦争は始まろうとしている」
ハイデリヒがぽつりと言った一言で、皆が静まりかえった。
そのやり取りを黙って聞いていたエドワードだったが、ふと何かに気がついたように歩き出した。その先にはホーエンハイムのものだろう、血溜まりができていた。そこまで歩み寄ったエドワードは、しばらく血溜まりを見つめていたが、屈み込むと何かを拾い上げた。ホーエンハイムの眼鏡である。落ちた衝撃でレンズの一部にヒビが入っていた。
エドワードは、その眼鏡を大事そうにぎゅっと握り締めると、そのままコートの内ポケットにしまった。
「エドワードさん」
声をかけたのはハイデリヒだった。
「行ってください」
「行く?」
ハイデリヒの突然の言葉にエドワードは意味が判らず聞き返す。
「行ってください。扉の向こうの世界へ。あなたの世界へ」
「アルフォンス…」
「あなたなら… きっとあなたなら、あの人達を止められるはずだ。そうでしょ?」
エドワードは、門を見上げた。
「錬金術さえ使えれば…」
ハイデリヒは、突然走り出すと近くにあったシートで覆われている物にとり付いた。そして、力いっぱいシートを引き剥がす。シートの下から出てきた物は、小型のロケットであった。ハイデリヒが今回のロケット製作の試作機として作っていた物であった。
「試作機と言っても性能は十分です。このロケットでも、あの扉をくぐって行けるはずです」
ハイデリヒは力強く言った。
「行ってください。エドワードさん! 僕達の為にも!!」
「アルフォンス…」
ぽん、と肩を叩く手があった。振り返るとヨゼフが、
「正直言うと、まだ詳しいことが理解できないでいるオレ達を許してくれ。だが、お前があのロケットに乗って行って解決することができるのならば、行ってくれ」
そう言って、力強く肩を握りしめた。ヨゼフの後ろでは皆が真剣な眼差しでエドワードを見つめていた。