ミュンヘン市北部にあるミュンヘン大学にエドワードはやってきていた。ハウスホーファーがここの教授を務めていると聞いたからだ。先日の古城の一件について詳しく聞かなければならなかった。何故エンヴィーの存在を知っていたのか?捕らえて何をしようとしているのか?そして、ホーエンハイムの行方。聞きたい事は山程あった。
「ハウスホーファー教授の講義はこのところずっと休講ですよ」
「休講?」
エドワードは校舎入り口にある受付の小窓に顔を突っ込むようにして受付の事務職員の説明を聞いていた。事務員は記録帳のようなものをパラパラとめくりながら
「最近はトゥーレ協会の仕事がお忙しいとかで、別荘の方におられるようです」
「トゥーレ協会?」
質問ばかりのエドワードに事務員が呆れた様に眼鏡を外しエドワードを見る。
「ご存知ないのですか?ハウスホーファー教授を訪ねてこられたので、トゥーレ協会に興味があるものだとばかり…」
「あ… いや… 知らないから聞きに来た訳で… トゥーレ協会。うんそう。興味あるんだな。だから詳しい話聞きたくってさ」
エドワードは慌てて肯定する。ここで否定したらこれ以上の情報が入らない可能性がある。トゥーレ協会の名前はホーエンハイムから一度聞かされたことがあった。もちろん興味など無かったので左耳から右耳へ抜けていった言葉ではあったが…
「トゥーレとは古代神話に出てくる北方の神秘の島。その島に住まう神々の力を追求するのがトゥーレ協会だよ」
先程からエドワードから少し離れた所で本を読みながら二人のやりとりを聞いていた男子学生がまるで聖なる言葉を暗唱するかのようにそう言った。
「…それって、オカルト?」
突然口を挟んで来た学生にエドワードは怪訝の眼差しを向ける。
「トゥーレ協会は強力な秘密結社だよ。今のドイツを救ってくれるはずだ」
「……」
エドワード達の周りにはいつの間にか学生達が集まって来ていた。一種異様な雰囲気だ。
「あ~… じゃあ別荘に直接行って聞いてみようかな。で、どこ?その別荘って…」
エドワードは苦し紛れにそう言うと、別荘の場所を聞き足早にその場を後にした。
ミュンヘンの夕暮れ時。ビヤホールの店先でヒューズと何人かの男達が何やら話し込んでいた。その前を無視するようにグレイシアが足早に通り過ぎて行った。それを見つけたヒューズが後を追い掛けて来て何やら声を掛けるが、それを無視してグレイシアは立ち去ってしまう。ヒューズはバツが悪そうにそれを見送るしかできなかった。
自宅へ帰ったグレイシアはノーアと共に店の後片付けをしていた。
「戦争?戦争がまた始まるんですか?」
「そんな馬鹿なことを考えている人達がいるっていう話。でもそうなったらあなた達には厄介ね。ドイツ人だけの国を作るとか、ユダヤ人は排斥しろだとかそんな物騒な話ばかり街に溢れてるわ」
溜息をつくグレイシア。そこへヒューズが道の反対側からやってくるのが見えた。
「何か御用ですか?おまわりさん」
グレイシアの他人行儀な態度にヒューズの顔が一層しかめられた。
「…何を話していた?」
「別に、単なる世間話ですわ。それがどうかしましたか?怖い顔をして」
「ジプシーは何を企んでいるかわからんからな。気を付けた方がいい」
グレイシアはノーアに二階に行くよう目配せする。それに気付いたノーアは二階への階段を上がった。それを見送ると、
「だとしたら、あなた達と同じね。毎日ビアホールで何か企んでいる」
「!!」
愕然としているヒューズを無視してグレイシアは店の扉を閉めた。
二階ではすでにハイデリヒが帰宅していて、いつものように図面を机の上に広げていた。
「どうかしたのかい?」
強張った表情で入ってきたノーアに声を掛ける。
「ううん… なんでもない… ごめんなさい。すぐお夕飯にするわね」
そう言って台所に立ったノーアだったが、ふと
「戦争が起きるって…ほんと?」
「え?あ、あぁ、そんな噂もあるみたいだね」
ハイデリヒは図面から眼を離さずにそう答えた。
「この間、やっと終わったばかりなのに」
「この間の戦争。ドイツは本来負けるはずは無かったんだ。なのに政府は降伏してしまった… 今の政府を打倒して新しい政府を作ろうという話はよく聞くよ」
「…アルフォンスはその為にロケットの研究をしているの?」
「!?」
ハイデリヒは驚いた様に顔を上げノーアを見た。
「僕が作りたいのはそんな物じゃないよ。それに今やっているプロジェクトもそんな物じゃない。人を打ち上げるんだ。もしかして宇宙に届くかもしれない。そうすればドイツの力を世界に見せつける事ができる。だから必ず成功させたいんだ」
「………」
「…ごめん。怒ったわけじゃないんだ」
ロケットエンジンは軍事用のミサイルエンジンとしても使える物だ。一つ違えば軍用兵器を作っている事と同じなのである。もちろんハイデリヒ達は純粋に最先端の科学技術としてのロケットエンジンを作っているのだ。ハイデリヒはついキツイ口調で言ってしまったことを詫びると、
「ところで、エドワードさんは?」
と、慌てて話題を変えた。
「今朝ミュンヘン大学に人を訪ねに行くって出かけたきりよ」
「最近よく出掛けるね」
「エドワード、元の世界に帰ってしまうって事、無いわよね」
その言葉にハイデリヒは怪訝な顔をする。
「君は本当に信じているのかい?」
「アルフォンスは信じてあげないの?」
その言葉にハイデリヒは図面に視線を落とすと、
「…信じないわけじゃないよ。でも…どう言ったらいいのかわからないんだ」
ハイデリヒは、持っていた鉛筆でコツコツと机を叩きながらそう言った。
「でも、君は何故そこまで信じるんだい?」
「行きたいの」
「え?」
「エドワードの居たっていう世界に」
「?」
「こんな世界よりも、私が幸せに暮らせる世界なのかもしれないから」
ノーアはそう言うと、ハイデリヒに背を向け食事の支度に取り掛かった。