長い間主も無く放置された古城は荒れ放題であった。あちこちで壁は崩れ、ひどい蜘蛛の巣がかかっていたり。それでも、マブゼ達は一つづつの部屋を丹念に探して歩いていた。しかし、仲間をドラゴンと間違えたりするだけで、一向に見つかる気配は無かった。
ふと、マブゼは遠くに飛行機のプロペラ音を聞いたような気がして、近くの窓から外を覗きこんだ。が、空にはただ月が煌々と輝いているだけで何も飛んではいなかった。
エドワードは、螺旋階段に残された何か重い物が引きづられた後を辿って塔のてっぺんにある部屋までやってきていた。その部屋には小さな窓があるだけで、ほぼ真っ暗であった。部屋全体を見渡すようにライトで室内を照らしてみるが、ガランとしているだけで何ない。『考え過ぎか…』と軽く溜息をつく。と、微かに何かが唸るような声が聞こえてきた。
「?」
もう一度ライトで室内を照らすが、やはり何もない。
「気のせいか…」
エドワードがくるりと踵を返し歩き出す。
「……エドワード… エルリック………?」
微かだが、はっきりとした声が聞こえた。突然、名前を呼ばれエドワードはギクリとして立ち止まる。
「確かにそうだ… お前は… エドワード・エルリック… まちがいない…」
驚いて振り返り、声のした方にライトと銃を向ける。
「!!!」
そこには、巨大な蛇、いや、蛇とは違う。全身はくすんだ深い緑色をしており、頭には角が、首元にはエラのようなものがある。背中には背びれがあるようであった。ドラゴン、そう呼ぶ物があるならばまさしくこれがふさわしいかもしれない。
天井に張り付いているそれ、は低い唸り声をあげ、鋭い牙を剥き出しにしてエドワードを睨みつけていた。そして、じわじわとエドワードに近寄って来る。驚きのあまり、エドワードは立ちすくんでいたが、頭はパニックにはなっていなかった。ライトに照らされた範囲しかはっきりとは見えないが、エドワードには、それ、に見覚えがあったのだ。
「……お前は… まさか…」
「何故お前がここに居る?死んだはずのお前が…」
ドラゴンは唸り声を上げながら、そううめいた。
「そんなことはどうでもいい。お前が居るということは、光のホーエンハイムも一緒だな。あいつはどこだ」
ドラゴンは更に近付く。すでにその荒い息づかいがまじかに感じられる距離だった。
「……エン…ヴィー……?」
思い出した。あの日、エンヴィーと戦い胸を一突きにされた。気が付けば自分は門の前におり、突然アルが現れたと思ったら声を掛けるまもなくすぐに消えてしまい、変わりにエンヴィーが現れたのだ。エンヴィーは門の向こうにホーエンハイムがいると知ると、無理矢理に門を開け中に入っていったのである。再び門が閉まるそのわずかの間にエンヴィーがエドワードの姿から元の姿、そしてドラゴンの姿に変わってゆくのをエドワードは見たのであった。
「お前は…エンヴィー?なのか?」
そう言いつつ、エドワードは銃を構えたままじりじりと後ろに下がり始める。相手がエンヴィーとわかれば攻撃されるのは免れない。錬金術が使えないこの世界でこんな巨大な物を相手に戦うには分が悪かった。
「教えろ!ホーエンハイムはどこだ!」
エンヴィーは更に近付きそう吠えた。
「親父?」
「そうだ!あいつはどこだ!」
「…知らない… もう半年ばかり会ってない。人に会うと出掛けたまま戻らない…」
「…お前が…知らないわけがない!教えろっ!」
突然、エンヴィーが襲い掛かってきた。エドワードは構えていた銃をすかさず一発発砲すると、身を翻し登って来た階段を一気に駆け下りる。途中の扉を抉じ開け外へ出ると、そこは古城の空中庭園であった。
ドッカーン!
頭上で轟音が響く。思わず振り仰いだエドワードの頭上に瓦礫が降り注ぐ。それを避けながら庭園の中央まで走る。塔を破壊したエンヴィーはエドワードを追って庭園にその巨体を露わにした。
「エンヴィー…こんなことが…」
エンヴィーの巨体を目の当たりにしたエドワードは絶句した。まさかこんなに巨大だとは…
「エドワード・エルリック!」
再びエンヴィーが襲い掛かってくる。逃げるエドワード。が、エンヴィーの方が早い。あっという間に追いつかれる。間一髪エンヴィーの牙をかわすと側転して体制を立て直す。エンヴィーはそのままの勢いで城の外壁に突っ込んだ。ガラガラと壁が崩れエンヴィーの体を押し潰したかに見えた。しかし、エンヴィーは瓦礫をものともせずその巨体を起こした。
「くそっ」
はっきり言ってこの状況はエドワードにもどうしようもなかった。どうすればいい?必死に考える。エンヴィーは巨体をよじると再び突進してきた。
『逃げられない!』
エドワードは咄嗟にそう判断すると、腕を顔の前で組み衝撃に備えた。
ガシン!
鈍い衝撃と共に生暖かい感触を感じる。エンヴィーの口にくわえられたのだ。即座に義肢の右手と左足を突っ張り、銜え込まれるのを防ぐ。
「ぐぅ……」
その咬合力に必死に耐える。が、かなりの力だ。そういつまでも耐えられない。胸元にいったんはしまった銃になんとか左手を伸ばし、エンヴィーの口の中に向けて発砲する。さすがのエンヴィーもこれには堪らず、エドワードを振り落とした。エドワードは地面に叩きつけられながらも受身をとり、立ち上がる。
「エンヴィー。お互いここまで来て、なんのために戦うんだよ!」
エドワードが叫ぶ。突然、プロぺラ機の爆音がしたかと思うと、激しい銃撃がエンヴィーとエドワードを襲った。何が起こったのか?反射的に身を屈めつつ、銃撃してくる機体を見る。濃紅色をした十数機の複葉機が上空を旋回していた。そして、そのうちの7,8機が次々に翼を翻すと急降下し再び銃撃してくる。攻撃は明らかにエンヴィーに向けられていた。激しい銃撃を受け、身をよじるエンヴィー。その攻撃に次第に弱っていくのがわかった。エンヴィーの動きが鈍ってくるのを見計らったように、複葉機は次々着陸しエンヴィーを取り囲んだ。そしてなおも執拗な銃撃を加える。
「なんだ…こいつら…」
エンヴィーを取り囲んだ複葉機に見覚えはなかった。しかし、エンヴィーを狙ってやってきたのは間違いないようであった。エンヴィーがここにいるのを何故知っている?なんのためにここへ?
と、今度は巨大な飛行船が上空に飛来し、黒ずくめの男達がロープを伝って降りて来ているのに、エドワードは気が付いた。
『いつのまに!』
そう思う間もなく、あっという間に3,4人の男に取り囲まれ、後ろ手に拘束される。さすがのエドワードも不意を突かれ、この人数の男に囲まれたら抵抗しようがない。それに、相手も戦い慣れている。瞬間的にそう感じていたのだ。
「槍騎兵、前へ!」
指揮官らしき人物が口元のマスクを外し指示をだす。
エンヴィーはとぐろを巻きすでに弱っていた。槍騎兵と呼ばれた一団はそれぞれ携帯していた武器らしきものを背中から下ろすと、二人づつ組になり手馴れたように組み立てエンヴィーに向け構える。
「放て!」
指揮官の合図で一斉に巨大な槍が放たれ、次々とエンヴィーの身体に突き刺さる。エンヴィーはもがき苦しみ、ついには動かなくなってしまった。
「くそっ」
エドワードは何故かエンヴィーが他人に好きなようにやられるのを見ていられなかった。しかし、今はどうすることもできない。まったく動かなくなったエンヴィーを、黒ずくめの男達が取り囲み、テキパキと輸送の準備をはじめた。
「エンヴィーをどうするつもりだ!」
エドワードは思わず叫んでいた。
「エンヴィー?このドラゴンを知っているのか?」
指揮を取っていた男が振り返りエドワードに問う。エドワードはその男を睨みつけた。
「今日見たことは忘れることだ。普通の人間が知ることではない」
「そういうあんたは普通じゃないみたいだな。エンヴィーのことを知っているってのはどういうことだ?何故エンヴィーの存在を知ってる?」
「そういう君もあのドラゴンのことを何故知っている?シャンバラ来たというドラゴンのことを…」
「シャンバラ?」
と、そこへマブゼ達数人の男達が拘束されて連れてこられた。一番先頭で連れてこられたマブぜはその指揮官を見て
「ハウスフォーハー少将ではありませんか?」
と声をかける。その言葉にギクリとしてハウスフォーハーと呼ばれた男はマブゼを見る。
「お前は…?」
「お忘れですか?いやあ無理もないですな。昔、日本でお会いしたきりでしたから。ミュンヘン大学で教鞭をとっておられると風の便りに聞いておりましたが…」
マブゼの言葉が終わらないうちに、マブぜは殴り倒され気を失ってしまった。それをハウスフォーハーはしばらく冷たい眼差しで見下ろしていたが、踵を返すとエンヴィーの方に歩き始めた。
「ハウスフォーハーだと?以前、親父の話にその名前が出てきたことがある」
エドワードのその言葉に思わず立ち止まるハウスフォーハー。
「魔術の研究にご熱心な大学の教授がいるって、そいつと一緒に研究を始めたって。そして、半年程前、その人物に会いに行くと言って出掛けたきり戻らない。もしかしてあんた、親父の居場所知ってるんじゃないのか?」
「…おやじ?」
「教えろよ!親父の居場所、あんた知ってんだろ?」
「…君は…まさか…ホーエンハイム教授の?それでドラゴンのことを知っているのか?」
ハウスフォーハーの表情は信じられないという顔をしていた。そして、少し震えた声で
「…君の名前は?」
と、問う。
「エドワード・エルリック」
ハウスフォーハーを睨めつけたまま答えるエドワード。ハウスフォーハーの目は信じられないものを見るような目をしていた。ふいに慌てたようにマスクで顔を隠すと足早にその場を立ち去ってゆく。
「!? ちょっと待てよっ!まだ聞きたいことは…」
いきなりエドワードに向けて催眠ガスが吹き付けられた。避けることなどできずガスをまともに受けたエドワードの意識は一気に遠退き始めた。
『くそっ…』
薄れていく意識の中で最後に見たものは、ハウスフォーハーの後姿であった。
悠然と夜空を飛ぶ飛行船。その周囲には護衛するように複葉機が飛んでいる。飛行船の下にはエンヴィーが大きな布に包まれ吊り下げられていた。エンヴィーにも催眠ガスが使われているのか、まったく動く様子はない。
「教授、大成功です。大いなる蛇をついに手に入れましたな」
興奮するヘスに対し、ハウスフォーハーの顔は浮かなかった。
「どうされました?」
「エドワード・エルリック…」
「エドワード?ああ、さっきの小僧ですか。それがどうかされましたか?」
「ホーエンハイムの息子だ」
「え?しかし、ホーエンハイムは息子はこちらの世界へ来てすぐ死んだと…」
「死んではいなかったのだ。生きていた」
「では、何故死んだと?」
「わからん。だが、シャンバラから来て無事な者がもう一人いたとは… 居場所はつきとめられるか?」
「はい、党員に呼びかければそう難しくはないかと」
「すぐにつきとめるんだ」
「わかりました」
ヘスは敬礼すると、党員と連絡を取るため操縦室の方へと向かった。