3-2

セントラルの市街地から少し離れた街区にある小さな教会。そこには小さな子供達が大勢集まっていた。教会の慈善事業で、戦争などによって身寄りの無くなった子供達を集め育てているのである。
その一室では、マスタングが4,5人の子供達を相手に勉強を教えていた。その左眼には眼帯がされている。あの日アーチャー中佐に撃ち抜かれた傷だ。その左眼はもう機能を失っていた。
その建物の一つの窓辺に二つの人影が、恐る恐る室内を覗き込んでマスタングの様子を伺っていた。マスタングのかつての部下、ブレダとハボックである。教会の慈善事業のボランティアなどという、かつてのマスタングにはとても似つかわしくない事をしている元上司を心配して様子を見に来ていたのであった。しかし、これが始めて、というわけでもないのである。
「……やっぱ、マズイんじゃないか?」
「…でも…いつまでもほっとくわけにもいかんだろ?」
と、ひそひそと話し合っていたが、その声はしっかりマスタングに届いていたようで、
「ブレダ?ハボック??」
声に気付いたマスタングが声を掛ける。その声に思わず直立不動で敬礼をしてしまう二人。そこへマスタングが近づいてきた。
「お前達、こんなところで何をしているんだ?誰に敬礼している?」
「あ、いや…それは…」
と、悪戯をしていた所を見つかった子供のようにしどろもどろで答える二人を見て
「ちょうどきりがついたところだ。中へ入ったらどうだ?」
マスタングはそう言うと、二人に入り口を示した。

暖炉のある質素な部屋。普段は食事時に使われているのだろう。大きめの机とたくさんの椅子が置かれていた。ブレダ、ハボックにお茶を差し出すと、二人の前にマスタングは腰を下ろした。
「…そろそろ戻って来てくれませんか?大佐」
言いにくそうに切り出したのはハボックであった。
「こんな体では、君達のようには働けない」
「そんなことないですよ。まだ軍籍もそのままなんですから。それに、みんなも待ってます」
マスタングが口を開いたのに勢いづいてブレダが続けるが、そのまま沈黙が3人を包んだ。大総統の失踪の後、大総統がホムンクルスであったという事実がわかり、大総統を倒したマスタングの罪が問われることは無かった。だが、軍籍、階級共にそのままであるのに、体が治るとマスタングはあえて軍には戻らずこの教会でボランティアを始めたのである。それは、あの日目の前で救うことができなかった少年「セリム」に対する贖罪と自責の念からであった。
しばしの沈黙のあと、トントンと戸を叩く音と同時にドアが少し開き、小さな男の子が顔を出した。
「お兄ちゃん、また続き教えて」
男の子はブレダとハボックを見ながら言いにくそうにそう言った。
「あぁ…わかった。すぐに行くから待っていなさい」
マスタングがそう言うと男の子は嬉しそうに頷くとドアを閉めた。
「教えるって…錬金術でも教えてるんすか?」
「いいや。私に錬金術を教える資格など無い」
「じゃあ…」
「あの日以来錬金術は使っていない。あの日、一人の男の子の命すら守れなかった。私はただの無力な人間だよ」
そう言うと手にしていたコーヒーカップの中身を一口、口にした。


街は夕暮れに包まれていた。忙しそうに人々が行き交う中をブレダとハボックは俯きかげんに歩いていた。ふと、ブレダが立ち止まり、教会を振り返る。
「どうしてもダメなのかな…」
「俺達にはあの人は救えないよ」
二人は顔を見合わせ同時にため息をつくと、そのまま人混みに紛れていった。

マスタングは夕日の差し込む窓辺に佇んでいた。ふとポケットに手を入れると、手に触れるものがあった。火蜥蜴の錬成陣が書き込まれた手袋である。あの日以来錬金術は使っていない。だが、この手袋を手放す事はなかった。暫く手袋を見つめていたが、
「未練がましいな…」
そうポツリと呟くと、ポケットに手袋を押し込んだ。