4-8

次の日の夕刻。エドワードとノーアが連れ立って下宿を出てきた。
 夕食の買出しに出掛けようとしたノーアをエドワードが呼び止めたのはその少し前のことだった。その日一日部屋から出てこなかったエドワードであったが、さすがに外の空気が吸いたくなったのか、買い物に行くなら外で食事をしようとノーアを誘ったのだ。
 だが、ノーアの様子はどことなく落ち着かなかった。キョロキョロと周囲を気にし、エドワードの後ろ姿を不安げに見つめていた。
 と、二人の後方から来た黒塗りの車がノーアの横に静かに停まった。それに気づいたエドワードが振り返ると、ヘスが降りてくるところであった。
 「お前は…」
 そう言い出そうとした時、
 「迎えに来ましたよ」
 ヘスは恭しくノーアにそう言うと、車のドアを広く開け丁寧に乗るように指示した。ノーアはエドワードに一瞬視線を向けると、意を決したように躊躇うことなく乗り込んだ。
 「ちょっと待て!ノーア!!」
 慌てて静止しようと駆け出したが、ヘスが不適な笑みを浮かべてドアを閉める方が早かった。
 急発進する車。あまりに唐突な出来事でエドワードは何が起こったのか理解できぬままその車を追いかけた。
 だが、2つ通りを越え、右に曲がった先で車を見失ってしまった。
 「くそっ!」
 苦々しく車が走り去ったであろう先を見つめていると、今度は自分の横で車が停まった。
 「?」
 ふと見ると、ラングが運転席でこちらを見ていた。
 「あんた、運転できないんじゃなかったのか? それにどうしてここへ?」
 「まあ、細かいことは気にするな。あの車を追い掛けたいんじゃないのかね?」
 ラングは運転席から助手席に移りながら、睨みつけているエドワードに臆することなくそう言った。どんなときでも飄々としているのはいつものことだ。エドワードは躊躇せず運転席に滑り込むと、車を発進させた。
  
 車はハウスフォーハーの別荘へと向かっていた。
 「奴らがどこへ向かっているのか判っているのかね?」
 「………」
 「奴らは何をしようとしているのだね?」
 「…………」
 やんわりとではあるが、しつこく詮索してくるラングにしばらく黙秘を決め込んでいたエドワードであったが、
 「…なんで、あんたがあそこにいたんだ?タイミング良過ぎじゃね?」
 今度はエドワードが切り返す。
 「君にはまだまだ聞きたいことがあってね。今日訪ねようと思って来てみたら、あの現場に出くわした、と言う訳だよ」
 「なんで手伝う?」
 「手伝う?」
 「状況も判ってないのに、車を貸したり… ちなみについてきてっけど、何があってもしらねぇぜ」
 「はっはっはっは」
 突然、ラングは笑い出した。
 「冒険結構。何が起きるのか判らないことほどドキドキすることはない」
 そう言ってまた笑った。
 「しらねぇぜ」
 エドワードも何故だか笑った。

 真っ暗な森を抜けると、ハウスホーファーの別荘が見えて来た。門には普段なら警備の人間が居るのだが、今夜は何故か無人であった。
 エドワードは静かに車を敷地内に入れると、別荘の裏手に車を廻す。そこには地下工場への入り口があるのだ。不思議とそこにも警備の姿は無かった。 

 その頃、地下の工場ではロケットの組み立てが終わり、ハイデリヒ達が機器の最終チェックを行っていた。そこへヘスがやって来た。
 「ロケットの準備は整いました。がどうやって外へ運び出すんですか?」
 ずっと疑問に思っていたことを、ハイデリヒはヘスに聞いた。普通は屋外で発射する物である。こんな地下でどうするのか疑問に思っていたのだった。
 「運び出す必要はない」
 「そんな!じゃあどこで発射させるんですか?まさかこの建物の中で発射させるなんていうんじゃないでしょうね?」
 「そのまさかさ」
 驚きざわめくハイデリヒ達に笑みを向けると、パチンと指を鳴らす。と、柱の傍にいた部下が柱にあるスイッチを操作した。すると、ハイデリヒ達の頭上でガチガチと機械が重苦しく動く音が響いた。驚き見上げると、天井がゆっくりと開き始め、その上の部屋が現れた。エンヴィーが繋がれている部屋である。その円筒形の部屋のテラスに人影を見つけたハイデリヒは、工具箱の中から拡大鏡を取り出して思わず見る。
 「ノーア?」
 ハイデリヒの眼に飛び込んできたのは、エッカルト、ハウスホーファー、ノーアの姿であった。


 その頭上では、天井に巨大な錬成陣が描かれていた。エドワードがこの別荘で書き直し、発動させたものと同じものであった。
 「扉を開く魔法陣、いや錬成陣はこれでよいのだな」
 軽く頷くノーア。
 「では、詠唱の呪文は?エドワードの頭の中で見て来たのではないのか?」
 今度は首を振るノーア。
 「呪文なんかの記憶は無かったわ。自分とあの錬成陣の間に力を循環させるの」
 「力を循環させる?」
 「ええ。そうすると、錬成陣が反応して…」
 「お前にもできるのか?」
 「判らない… でも、感覚はエドの記憶から伝わって来たから、できるかもしれない」
 それを聞いて満足げに頷くエッカルト。
 「では、さっそくやってもらおう」
 意を決したようにノーアは頷くと、両手を錬成陣に向け掲げた。すると、微かに錬成陣が反応し一瞬だけ光を放った。周囲にざわめきが起こる。
 「まるで、我々が扉を開けるのを待ちわびているような…」
 エッカルトの顔に笑みが浮かんだ。