3-8

ミュンヘン市街を流れるイザール川。その河岸をエドがうつむき加減で歩いていた。その少し後を鎧姿のアルが、周囲を物珍しそうに眺めながらついて行く。街の夜景が川越しに見えるところまで来ると、エドは立ち止まり堤防に腰を下ろした。続いてアルも隣に腰を下ろす。水面に街の灯りが反射しより美しさを増して見えた。
「綺麗な街だね。ここはどこ?セントラル?リオールじゃないね」
「ここは… 門の向こうだ」
「門の向こう?門って??」
驚いてエドはアルを見る。
「…お前…覚えてないのか?それに…もしかして……また魂だけの鎧の姿なのか?オレは…あの時、確かに…」
「魂だけの鎧って…あぁ…そうか…」
「?」
「ごめんね、兄さん。ボク、覚えてないんだ」
「覚えて、ない?」
アルの意外な言葉にエドは驚く。
「うん。母さんを錬成しようとした日から…気が付いたら、セントラルの軍の病院にいたんだ」
「………」
「師匠とマリア・ロスさんって軍の人達が、ボクをセントラルの地下で見つけてくれたらしいんだ。でも、それまでの事全然覚えてなくて… 4年が過ぎてたみたいなんだけど、ボク、今13歳なんだ」
「13歳?」
エドはすぐに理解ができなかった。アルの年齢は17歳のはずである。それが何故13歳なのか… ふと、ホーエンハイムが以前一度自分に言ってくれた言葉を思い出した。
『お前達は旅をしてきた。その旅で苦しみ、努力したものすべてが代価なんじゃないのか』と… 自分の身体が完全に代価として支払われなかった分、アルはその4年間の記憶を代価にして元の身体を取り戻すことができたのかもしれない。
しばらくの2人の間に沈黙が流れた。やっとの思いで再会できたのに、抱き合って喜ぶような、そんな浮かれた気分に何故かなれないでいた。
「兄さん…?」
「ん?」
やっとの思いで口を開いたのはアルであった。
「兄さんに会ったら、聞いてみたいことがあったんだ」
「なんだよ?」
「……どうして…どうして自分の身体を代価にしてまでボクを元に戻してくれたの?」
「……」
「兄さん?」
エドは手元の石を拾い上げ、川に向かって投げた。水面に波紋が広がる。
「…許せなかったからかな。死んだオレを蘇らせる為にお前が消えてしまった事が許せなかった。お前の身体を元に戻すために旅をしてきたのに、それなのに…お前がオレの代わりに消えてしまった。お前が消えなきゃならない理由なんて無かったのに」
「………」
アルはじっとエドの横顔を見つめていた。
「命の代価は他に無かった。お前の為ならオレのすべてを使ってもかまわなかった。だから自分の身体を代価にしてお前を錬成したんだ」
「…そのお陰で、ボクは元の身体を取り戻せた。…けど、けど兄さんは?兄さんは門の向こう側に閉じ込められてる」
「……アル…」
エドはアルの方を向く。その右頬にアルの鎧の左手がそっと伸びた。

「兄さん…生きてるよね?死んでなんかいないよね?魂を移した鎧だから、こうやって触っても兄さんの温もりがわからないや」
「アル……」
アルの声が涙声になっていくのが判った。エドもどう言ってやればよいのかわからなかった。自身、自分が本当に生きているのかも死んでいるのかもわからないでいたから。ここは夢の中なのかもしれない…何度そう思っただろう。しかし、今確かに鎧姿のアルに触れられている、話をしている、そのことで自分は確かに生きているのだと思い始めていた。
「ボク、信じてた。兄さんはきっと生きてるって。きっと探し出すって。だから、師匠の所で修行して、もう一度錬金術を勉強したんだ」
「そうか…」
エドが微かに微笑む。やっと心から安心して笑える笑顔であった。眼の前を流れる川のように穏やかな気持ちになっていた。しかしそれも束の間で、エドの表情が厳しくなる。
「けど…どうやってこっちに来られたんだ?」
「わからないんだ。この鎧がリオールの街に突然現れたんだ。それで、ボク夢中で魂を移して…気が付いたら、兄さんが眼の前にいた」
エドは深く考えているように顎に手をあてて考え込んでいた。
「…あいつらは、帰って来たと言ってた。シャンバラから」
「シャンバラ?」
「あいつらは一度そっちへ鎧を送り込んだんだ。お前の魂が乗り移って来られたって事は、あいつら本当に門を開ける方法を見つけたのかもしれない」
「どうやって?」
「あの錬成陣は間違ってなかった。後はエンヴィー、そしてオレの血」
と、エドは血で汚れた手袋を見つめた。それを外すとポケットに突っ込む。
「エンヴィー?」
「門の中から生まれたホムンクルスだ。元々門の中から来たものだから、門と繋がりがあるのかもしれない」
「ホムンクルス、か…」
「そっちの世界にも居るだろ?ほら、ラース」
「ラース?…あ、そっか。ラースってホムンクルスなのか…」
「知らなかったのか?」
「うん」
そう言ってアルは俯き考え込んでしまった。そして、
「兄さん」
「ん?」
「ボク、門を開く方法が判ったよ」
思いもかけないその言葉にエドはうろたえた。
「ちょっと待て。門を開くのは…」
「門が開けば、兄さんは帰ってこられるんだよね?だったら、こっちから門を開けるよ」
「待つんだ、アル。門を開けてはいけない」
門を開く危険性はエドが一番良く知っていた。4年間の記憶を失ってしまっているアルが、何も知らないままもし門を開けたとしたら、一体何が起こるかわからない。しかし、そんなこととは知らないアルは興奮した様子で、
「どうして?開けば兄さんは帰ってこられるんだよ?帰って来たくないの?ボクは決めたんだ。兄さんを取り戻すって!」
「アル、門を開けるのは…」
アルを落ち着かせようと、そう説明しようとした時だった。突然アルの鎧が震え始めた。
「アル?」
思いもよらない出来事にエドが戸惑っていると、
「ごめん、兄さん。ボクの魂を移す術、長くは続かないんだ。…もう…時間が……きちゃった…みたい……」
その言葉に愕然とするエド。やっと出会えたのに、もう別れなければいけないとは… 今別れたら今度また会えるという保証も無い。エドの心は張り裂かれんばかりだった。
「アル…帰っちまうのか?」
「必ず門を…あけるから……にいさん……もうすこし……まって…て……」
「アルっ!!」
ガターン!鎧は音を立てて崩れてしまった。そこにはもう魂の無い鎧があるだけであった。エドはしばらく呆然としていたがそっと鎧の頭を拾い上げ、見つめた

ベットの上で、ハッと眼を開くアル。その眼にみるみる涙が溢れてくる。アルは勢いよく起き上がると一気に階段を駆け下りる。そしてウィンリィの姿を見つけると、
「ウィンリィ!見つけたよ!!」
「み、見つけたって、何を?」
突然アルに詰め寄られ、ウィンリィが戸惑っていると、
「兄さんだよ!兄さんを見つけたんだ!」
「!?」
「死んでなかったんだよ、やっぱり。兄さんを迎えに行く方法をもっとよく考えないと」
そう言うと、バタバタとまた二階へ駆け上がっていった。それをウィンリィは呆気に取られた顔で見送る。その場に居たラースも驚いた顔でアルの背中を見送っていた。